グレイシーバッハ JAPAN | 神戸・三宮 | ブラジリアン柔術グレイシーバッハ JAPAN | 神戸・三宮 | ブラジリアン柔術

Search
Jiu-Jitsu for Everyone
  • 〒650-0031 兵庫県神戸市中央区東町
  • 116-1 シティライフ三宮ビル3F
  • info@graciebarra.jp078-393-2585
0

グレイシーダイエット – 長寿と健康 from GB blog

グランドマスター・カーロス・グレイシーSr.は時代を超えてなお有益なグレーシーダイエットを開発しました。
「良く食べる事も柔術」
今日はグレイシーダイエットの始まりと、食事法ついて紹介します。

「食事を薬としなさい」
グレイシー・ダイエットの開発に専念する事を決めた時、カーロス・グレイシーSr.はこのフレーズが心にあったはずです。
カーロス・グレイシーSr.は肉体を守り、免疫力を高め、病気を予防する為に食物の力を信じていました。

カーロス・グレイシーSr.の最初の妻、カルメンとの不思議な話です。
カルメンは結核にかかりました。
当時、結核は死の病で患者は隔離され訪問者は受け入れられていませんでした。
カーロスはカルメンをブラジルの山岳都市であるカンポスドジョルダオへ連れて行き治療し、
彼女の人生の最後までその地で過ごしました。
誰もが驚いた事にカーロスは結核のカルメンの唇にキスをしていました。
当時、それは自殺行為とみなされましたが、彼は「私は結核菌の免疫があるのですよ」と答え、
瞬く間にその地の有名人となりました。。

1996年マスター・カーロス・グレイシーJr.は記事にこう書き記しています。
「今日、食事については多くの事が議論になっています。それらは病気、肥満への対処法から運動能力の改善まで多岐に渡ります。」
地球上に住む人が栄養学や健康科学について強く意識する様になって来たのはごく最近の事であり、昔からこうだったわけではありません。

昔カーロス・グレイシーSr.は重度の片頭痛で何時間も部屋に閉じこもる事がありました。
それに加え胸膜炎や痛風に苦しみから体質を変える必要性を感じました。
そこで哲学者ヒポクラテスの言葉からヒントを得たからです。
「食事を薬としなさい」

知識に貪欲なカーロスは、それについてもっと多くの事を勉強しました。
何年もかけ彼はグレイシーダイエットを完成させる為に全精力を注ぎました。
そしてその結果、若くして健康上の問題を多く抱えていた彼は体質改善に成功しアスリートとなったのです。

次のステップは、彼の理論の正しさを証明する事でした。
その為には、彼自身の「身内」を使ってそれをテストするよりも良い方法はありませんでした。
カーロス・グレイシーSr.は子供、甥、孫の体の調子に合わせ、健康に有益な食べ物だけを与えました。
徐々に、家族のバイオタイプは変更されカーロス・グレイシーSr.の子孫は彼の160cm,63kgの体格をはるかに超えて成長しました。
後にカーロス・グレイシーJr.が言った様に、「健康的な食事が家族全体を変えました」

では結局、グレイシーダイエットとは何でしょう?
それは人を病気にする毒素を除く食事であったり、食い合わせの事ではありません。
主な目的は食事のPHをできるだけ中立に保ち、適切に組み合わせで栄養素のバランスを取る事です。

グランドマスターによって作られたバランスは包括的であり、多くのニーズを満たしています。
これは主に穀物を一緒に混合して食べない事、砂糖を含む脂肪および他のタイプの酸性食品を混合しない事に基づいています。
他のルールは少なくとも4時間間隔で食事をする。胃が空の時にのみ食べるという事です。

それだけではありません。
グレイシーは固形食品に関する懸念に加えて、ナチュラルな、紅茶をベースにしたサプリメントも使用しています。
「私達の体はオイルが血であるマシンです。血液が綺麗であれば、そのマシンは上手く行きます」とカーロス・グレイシーJr.と語ります。
「私の父の目標は、ファミリー全員をファイターとして強く保つ事、つまりいかなる場合でも健康で病気がない状態にしておく事でした。」

食事の必須部分として果物を含める事はグレイシーダイエットの特徴です。
「約30年前、人々は私の家に来ると、家が果物と野菜でいっぱいである事に驚いていました。当時の果物はデザート以上ではなく、それらは家族の栄養摂取の50%を占めていたので、誰にとっても奇妙に思えたでしょう。」

21人の子供の父と50人以上の孫の祖父であり家長であるカーロス、弟エリオもまた食事法の実践者でありすこぶる健康的でした。
「多くの人が栄養について話し始める以前に、父や叔父は赤身肉を食べない事の重要性を認識していました」
と娘ヘイラ・グレイシーは振り返ります。

彼が正しかったという証明に時間がかかりすぎる事はありませんでした。
1955年エリオはヴァウデマール・サンタナと3時間40分ノンストップで戦いました。
当時エリオ・グレイシーは既に42歳であったが、ヴァウデマールは24歳だった事も言及する価値があります。

要約しカーロスの科学をシンプルな食事法と呼ぶ事は、彼の仕事の意義を大幅に減らす事になります。

パパイヤとニンジンに含まれる物質であるカロチンの有益な役割、フリーラジカルやオーソモレキュラー療法の概念など、今日広まった科学的発見もしていました。
スイカジュース、ココナッツウォーター、ビタミンシェイクを摂取する習慣の先駆者でもあります」とヘイラは語ります。

カーロス・グレイシーJr.は次の様に補足しています。
「誰もが食品とのバランスを取るべきです。私達はその重要性を生徒達に伝えていました。そして生徒達は他の人々に影響を与えました。今日の健康志向のレストラン、ジュース・ストア、自然食品の流行の中には私達の影響を見る事が出来ます。私は父をブラジル健康学のパイオニアとして見ています」とカーロス・グレイシーJr.は語ります。

グレイシーダイエットを実践したい人は以下の表を参照にして下さい。